自然農法(わら一本の革命)#46

自然農法(わら一本の革命)#46
<koreyjpさんの最新のコメントを紹介し、読者の方との交流を再現させる。読み返しても、お互いに向上しあったあとがうかがえ、嬉しくなる。木庵>
{木庵さん
福岡さんの話と同様、このブログも皆さんの話がからみあって、有機的に発展しました。お互いに大変有益でした。これからもこの調子でやって行きたいですね。どうもありがとうございました。koreyjp }
[ koreyjp ] さん、鈴木大拙の本に、「日本的霊性」、タイトルははっきりしないのですが、このような本がありましたね。木庵
[ koreyjp ]さん、日本人がおおらかさがなくなったのはいつからなのでしょうか。おおらかさとは相手を思いやる気持ちでしょうね。自分を振り返る前に相手のことが気になって仕方がないのですね。昔の人は身の程を知っていたように思います。木庵
自然は生きてゐる。人間も自然の一部として生きてゐるんですね。お百姓さんには自然の知恵が身につきます。木庵さんにもその知恵が大分身につかれたのではないでせうか。 koreyjp
[ koreyjp ] さん、私もお百姓さんのような知恵が身につくことを望んでいます。木庵
木庵さん
食糧危機が来ても、野生のもので食いつなげることができるやうですので少し気分が楽になりました。 koreyjp
[ koreyjp ] さん、以前こちらの教育番組で観たのですが、ロスあたりでも栄養満点の野草がいっぱい採れるのだそうです。どの野草が食べられるかどうかの知恵を元々アメリカインディアンはもっていたのですが、近頃その知恵が受け継がれていないと聞きます。残念なことです。木庵
木庵さん
日本でも「摘み草」といふ風習があります。私が小学生の頃、母がよく摘み草に連れていってくれました。嫁菜、くこ、せり、などなど、なつかしく思ひ出します。特に嫁菜は良い香りで、それをゆでてご飯にかけると最高でした。インディアンの野草も、きっとおいしいのでせう。 koreyjp
[ koreyjp ] さん、私には野草の知識があまりなく、せいぜい、せり、はこべ、ぜんまいぐらいしか知りません。知り合いがたんぽぽの葉っぱが食べられるといっていましたが、食したことはありません。つくしは鞘をとるのは大変ですが、最高に美味しいですね。木庵
今若者が農業をビジネスとして見直し始めています。
戦後進歩的と言われていた知識人は、日本文化の崩壊を目的とした、欧米の手先として活動、それに輪をかけているのが官僚です。
身体が狂うと身体に良い物がおいしく感じなくなります。
身体が健康になると身体に良い物がおいしく感じるようになります。
胃液の弱い人は、玄米を弱火で弾けないよに20分間位煎った後、白米に混ぜて炊くと大丈夫です。 iwa*ima*u*a1949
[ iwa*ima*u*a1949 ] さん、早速貴方の言われるようにして玄米を食べてみることにします。そうですよね、身体が健康だと何でも美味しく感じるし、体に滋養として吸収してくれますよね。木庵
木庵さん
「国民皆農」といふのは、大変に健全な考え方ですね。「自分の食べるものは自分で作る」「自分の国は自分で守る」これが基本です。 koreyjp
[ koreyjp ] さん、戦後、農業から離れることが新しい生き方であると思ってきましたが、自分の食べるものは自分で作る、これほど健康的なことはないですね。それに玄米は栄養があるのでそれほど肉などを食べなくても良い。ということは食事代が余りかからないことになります。私が玄米食をしていた頃、沢山お金を貯めました。その金が留学費用になったのです。木庵
かつて、朝鮮の民族舞踊を見たことがありますが、垂れ幕に「農者國之基也」(農は国のもとなり)と書いてありました。聖業とは、いい言葉ですね。
ところで森信三先生の『修身教授録、一日一言』をやっと入手しました。なかなか奥が深いですね。快調に読み進んでゐます。koreyjp
[ koreyjp ] さん、「士農工商の農が二番目であったのは武士が農民から米を搾取するために二番目にランクして農民をおだてて、搾取しやすくしていた」というようなことを学校で習いました。これはマルクス的階級史観が影響されていたのです。正しい日本的な見方は「聖業」であるから二番目だったんですね。武士も元はといえば農民でした。木庵
木庵さん
いつもTBを有難うございます。
贅沢をしないで余裕のある生活をするといふことは、人生設計の基礎ですね。俳句を作る余裕もよいことです。宮沢賢治の詩は、「一日5合の玄米と、味噌と少しの野菜を食べ、、」だっと思ひます。
猫の写真も、可愛いですね! koreyjp
こんばんは。
この記事を読ませてもらって、先日23才の次男と話したことを思い出しました。今、若者の就職難といわれ、若者でなくても失業している人たちがもの凄く多いです。仕事がないのではなく、仕事はあると思うということを次男と話したのです。農業や福祉の方は、人手不足なのです。ですから、都市部に集中して仕事を選んでいる事と、
福祉の方は、過酷な労働にもかかわらず低賃金である事で、その方面にに希望する人たちが少ないようですね。福祉関係者の賃金の事は国にきちんと整備してもらいたいと思います。農業につく若者達の支援策もきちんと国が立てて援助するべきだと思うということを話しました。今の不景気は、車も電気製品も、もういいんだということかもね〜と二人で言っていたんです。
[ koreyjp ]さん、この猫は姉の家に飼ってある猫です。「ガブちゃん」と言って、よく噛むのです。私も一度噛まれました。わがままな顔をしていますがどことなく愛嬌がありますね。今の日本人の生活を考えると貴族の生活です。衣食住、贅沢すぎます。他人が贅沢だから贅沢しないと時代に遅れると思っているのですね。賢治の世界に生きれば案外面白く人生に余裕ができるんですけどね。木庵
kayomiさん、そうなんです。仕事はあるのです。農業のような仕事は最初はつらでしょうが、やってみるときっと楽しくなるでしょう。それも福岡氏の農業はあまり働かない手を抜く農業ですので、なおさら良いとおもいます。先ず、世間体を気にすることを捨てることです。綺麗な服を着たい、綺麗な家に住みたいという欲望をすてれば、玄米と野菜と少しの魚で食生活は大丈夫、余裕が出来れば、教養もついて、形ではなく内面の豊かさを感じ自信もつくことでしょう。このような発想が今日本に必要だと思いますよ。それにしても次男さんと根のある話が出来ていますね。それもkayomiさんが地に着いて人生を歩まれているから、息子さんにそれが通じるのですね。木庵
つづく