自らの身は顧みず 田母神俊雄論続編#15

自らの身は顧みず 田母神俊雄論続編#15
  3・1・09田母神俊雄講演会実況(ロスにおける)、DVDを本ブログより無料贈呈、締め切らせていただきます。一人、予約をなされた方、新しい住所が決まればお知らせください。送ります。
   <反響が大きかった。個人ビジネスをしておられる方で、「お客さんにコピーを渡してもよろしいでしょうか」という依頼があった。勿論了承した。主催者側にも「広めてください」と了解を得ているので、DVDを受け取られた方、ご自由にコピーをして、知り合いに渡してもらって結構です。私の日本の知り合いに、「DVDを送りましょうか」と言うと、「そんな怖い人のものなど結構です」と言われてしまった。どうも日本では、マスメディアが田母神氏のことを「危険人物」と宣伝しているようである。DVDを受け取られたある方は次のようなコメントを送ってこられた。「危険人物と思っていましたが、違っていました。気さくな人で、今まで自分の考えがなにものかによって影響されていることが分かりました。息子は商店街の部長をしているのですが、彼は若者に招集をかけて、『ビデオ会を行う』のだそうです」。送った人から、全員届いた報告と、感想を送っていただいた。反響の大きさに木庵自身も驚いている。このような企画を立ててくれた上官(恩人)の発想の奇抜さに感服した。電話でお礼を述べたが、この紙面でも感謝の気持ちを伝えたい。

   昨日山本大成さんという方から、初めてのコメントとTBを送っていただいた。
  心地抜けるコメントかどうか悩みましたが、先日地元で田母神前空幕長の講演会があり参加させていただきました。
「当時は怨んだこともあったが、(一般の盛り上がりを肌身で感じ)今はこれで良かったと思っている」と仰るのみで、自らの身の上に起こったことについては封印し、天下国家のみを語るその講演に感動を感じました。

TBを送らせていただきます。
[
[ 山本大成 ] さん、コメントとTBありがとうございました。今、日本では何かが動いているのですね。田母神氏はその動きのなかで、中核になる人のように思います。彼ほど本音で、それも正しい歴史観を分かりやすく人々に語る方も珍しいと思います。山本さんは初めてコメントされてこられましたね。今後ともよろしくお願いします。木庵
それに対して、koreyjpさんも反応してこられた。
私も山本大成さんのブログを読ませて頂き、ご自分の力で憲法などの難しい問題に取り組んでをられることに、大変感銘を受けました。田母神さんのことが機縁となって、このやうな民間に隠れてをられる方がお互ひに結び付けられ、国の基本的な問題について論議が深まることを喜ばしく思ひます。


[ 山本大成 ]さん 、 [ koreyjp ] さん、民間の隠れている方がお互いに結びついて、国の基本的な問題を議論する輪が広がるように、今後とも寄与していきましょう。木庵
山本大成 「かわら屋の雑記帳」
仕事がかわら屋であるせいか、日本の伝統・文化に関心を持つ今日この頃です。とは言っても少ない脳細胞が飽和しないよう、「自然に」「普通に」をキーワードに日常生活を綴れればと思います。

田母神敏雄 前航空幕僚長−岡崎講演会 本編 「わが国はいい国ではないのか」 [旗日には「日の丸」を掲げよう]
 私のスタンスについての前置きの記事が長くなってしまいましたが、いよいよ2月28日(土)に行われた田母神前空幕長−岡崎講演会本編です。
 壇上で花束を受け取る田母神前空幕長
田母神前空幕長−岡崎講演会プロローグ「近現代史について私のスタンス」(追記有り)
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/2009-03-13
<山本さんのコメントの中に、田母神氏への期待が膨らむ。「『当時は怨んだこともあったが、(一般の盛り上がりを肌身で感じ)今はこれで良かったと思っている』と仰るのみで、自らの身の上に起こったことについては封印し、天下国家のみを語るその講演に感動を感じました」。さて、田母神氏の著書「自らの身は顧みず」の評論に戻る。木庵>
<プロローグに対する評論が終った段階で、皇室論に発展した。先ず目次を紹介する。
第1章 歴史を捻じ曲げる政治の責任
第2章 国会に参考人として招致されて
第3章 日本は悪くない
第4章 不磨の大典となった「村山談話
第5章 日本の防衛体制のお粗末さ
第6章 精強な自衛隊をどうつくるか
あとがき
内容的には講演と重なるところが多いので、重ならないところを重点的に評論する。木庵>
第1章 歴史を捻じ曲げる政治の責任
「平成6年(1994年)6月29日に発足した自社さ連合政権・村山首相は、それまで長期間にわたって反対し続けていた「日の丸・君が代自衛隊」を、自らを首相にしてもらうことと引き換えに全て認めてしまった。ところが、当時の社会党左派は、「日の丸、君が代自衛隊を認めるとは何事だ!」と村山首相を突き上げた。そのために、村山首相は一計を案じた。村山首相は、当時の土井たか子衆議院議長と組み、平成7年6月9日、「本日は本会議なし、各議員は選挙区に帰られたし」との通知を衆議院内に回し、卑怯にも、その通知を信じて多くの議員が各選挙区に帰った隙を狙って、午後8時前、土井議長は本会議開会のベルを鳴らして、議員総数509人の内、265人の議員が欠席する異常な状況の下で、何とわずか230人の賛成で、村山談話同様の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議案」なる謝罪決議を強行した。余りにも汚いやり方で何の権威もなかったために、当時の参議院は、その「謝罪決議」の審議すらしなかったのである。そのために、同「謝罪決議」なるものは宙ぶらりんの状態になってしまった。そこで、村山氏は同年8月15日、何の事前説明もなく閣議の席でいきなり、戦後50周年の村山談話なるものを発表した。これがその後我国の名誉と誇りを傷つけ、国益を大きく損ない続けていることは説明の必要もなかろう。
  村山元首相は、平成19年に石川県在住の諸橋茂一氏により、村山談話に関する訴訟を起こされた。諸橋氏は、村山氏が首相退任後、「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」(いわゆるアジア女性基金)の理事長に納まり、本来不必要なこの財団の基金運営のために、人権費等で約50億円もの国費を無駄遣いした、これを国庫に返還せよ、と裁判に訴えたのである。さらに、諸橋氏は併せて、?」村山談話の内容が事実であるという根拠を示せ、2)村山談話を発表した法的根拠を示せ、3)アジア女性基金の設立根拠となったいわゆる「河野談話」の内容が事実である根拠を示せと訴えた。
つづく