櫻井よしこ、異形の大国中国(特別編、erasusさんとの問答、#2) 

櫻井よしこ、異形の大国中国(特別編、erasusさんとの問答、#2)
    erasusさんよりトラックバックが4つ返ってきた。その中で興味のあることに反応していく。
  反応の前に一言、書かせてもらう。erasusさんの書き方に引っかかることがある。それは、論理だけで攻撃なされたらよいのに、なぜ形容詞的な言葉を多発さるのか。例えば「・・のような呑気なことを言われている」というような。今回のトラックバックの中で、「呑気な」という言葉が3回使われていた。これは必要ですかね。自分は真剣に考えているのに、「木庵は悠長なことを書く」という気持ちは分からないこともないが、そのような言葉は差し控えられた方がよいと思う。無駄な摩擦を起こすだけであって、私が望む、また尊敬するerasusさん像ではない。文章というのは無機質な表現では面白くなく、また迫力がないのは分かるが、お互いに大人の議論の仕方をしようではないですか。お互い平行線の議論が多いのだが、今回でも私の脳細胞を刺激してくれたところがいくらかあった。
1) 和辻哲郎が日本をアジアモンスーン型、台風文化と言い切ったところは、これ以上の風土論はないであろう。それに今回日本台風風土論の新しい見解を紹介していただいた。それは、台風で公害によって汚染された土壌の毒素を海に流してしてくれるということ。言われてみればそうだが、深く考えたことはなかった。なるほど、そうだとすると、支那にはこの台風的浄化機能がないことになる。この観点からも、支那の公害克服が難しいところだろう。
2) 日本の植林文化は世界に誇れる。エコロジー文化が近頃発達したのではなく、日本の歴史の流れの中にあったということだ。本来日本は森林を伐採して禿山になる可能性はいくらでもあったが、それが植林文化によって、豊かな自然を維持してきた。もちろん台風に伴って、大雨が降りそれが日本列島に水を多く補給してくれるという自然的条件によるところが大きいが、それだけではない。人の手によって自然が守られてきたことにもっと着眼しなければならない。人間が関与しないのを自然と解釈しがちだが、日本の自然は人間が関与しているのである。そのような自然を守る文化を、日本がもっていることを世界に誇れる。
3) 私の今住んでいるロスは地中海性気候である。地中海性気候の特徴は中学や高校の地理の勉強で習ったと思うが、年中温暖で、冬季に集中して雨が降り夏場は殆ど雨が降らない。だから、オリーブやユーカリの木のようなものは冬場の間に水をしっかり吸収し、夏場の乾燥した季節でも耐えている。夏場にロスの山は殆ど枯れ野になる。しかし、人家の近くには結構緑があり、大木も生い茂っている。家の庭の木々は夏の間も水を補給するので問題はないが、庭ではない殆ど水をまかないところでも、人間の生活に使う水が土壌にいくらか染み渡るのでしっかり根を張った大きな木は生き延びている。
4) このようなロスで、本気で人間が植林に取り組めば、森を作ることができる。私がロスに来てから最初居た所の側に禿山(山というより丘かな)があった。そこに市が植樹をしだしたのである。若木を生長させるのに大事なのは夏の乾燥シーズンである。観察していると、若木を植えてから一週間に一度ほど、水をやっていた。水をやる人は市の職員ではなく、犯罪者や交通チケットを貰い金が払えない人間が労働を提供しているのである。3、4年間、夏場だけ水やりが行われていた。毎年少しずつ木が生長し、5年目頃から夏場でも水をやらなくなった。その段階ではもう十分根を張り、枝葉が土の保水性を増加させ、夏場でも水をやらなくて生き延びるほど逞しくなっているのである。私はその地域から、何回か引越ししたが、時にはそこを訪れ、木の生長を見るのが楽しみにしている。あれから20年以上経っているが、もはやこの禿山は立派な林になっている。ロスでは、4年間の人間の努力によって森を作ることが出来るのである。このような事業は個人でできるものではない、公共団体が計画を持って取り組むことが必要である。個人を優先する風土の国では出来ることではない。公精神風土を持った国にだけ出来るのである。
5) erasusさんは、日本の農業の潜在的自給率の高さを指摘なされていた。アメリカでの穀物生産にもかげりが見え出している。今後世界は穀物、食料争奪戦をおこなうであろう。そういう時代に備えて、日本は食料自給率を上げていかなければならない。以前にもerasusさんと議論したが、農業は科学である。馬鹿ではできない。日本では休耕田も多くあるので本気に農業に取り組めば、日本の食糧自給率は上がるだろう。もう日本のあるところでは取り組んでいると思うが、企業が農業に参入すべきである。私の知り合いが、ロスのオックスナードという農業地帯で水耕栽培に取り組んでいる。私も数回彼の経営している温室を訪問したことがある。水耕栽培は、結構農業として将来性のあるものである。彼の開発した家庭用水耕栽培の装置を買い、私も2、3年やってみたが、彼の農園ほどうまく行かなかった。これも科学である。根に酸素を絶えず供給するために水を流動させる。家庭用には太陽電池を利用したモーターで水を循環させる。肥料であるが、それも彼が開発したものを買って水に溶かして入れた。問題は水の質なのである。私の場合水道水であるが、これはよくないようだ。彼の農園では水を浄化させている。きゅうりやトマトなどは年に4回収穫できる。それも美味しい。きゅうりは土壌ものだとちょっと苦味があるが、水耕栽培のものは甘みがあり美味しい。聞くところによると栄養も豊富だという。トマトも甘い。特に甘くするには、市場用ではないが、ある程度生長してから水耕栽培というのに水を絶つのである。この荒療法により、トマトの根や茎や葉が逞しくなる。茎を観察すると、空気中の水蒸気でも摂取しようとでもしているのか、薄毛のようなものがたくさん出ていた。勿論、このようなやり方で採れるトマトは少量である。これが実に甘くて美味しい。ちょっと話が横に逸れたが、要するに、水耕栽培であればビルディングの上でも出来るし、工場の中でも出来る。水耕栽培穀物を生産できるだろうが、今のところコストの点で問題があるだろう。少なくとも野菜は水耕栽培に適している。
6) 日本は農業、漁業、林業にもう一度真剣に取り組む必要があるだろう。
7) 最後に届いたものの論点がよい。Erasusの言葉を借りれば、「いかに〈日本会議〉の櫻井よしこが何を書こうと、о威勢がいい話−や、о嫌支о侮支о反支−ばかりではどうなるものでもない。о支那は商(売)の国だ−これは古代以来だ。わが国の位置づけは、оわが国は(古来)農の国だ−つまりは、о支那は世界の工場ではない−のであり、оこの10年は<ものづくり>で成功したのではなく、いち早く≪商≫に転じて成功した−と観なければならぬ。わが国の<ものづくり>はどうだったか?」
    脚下照顧ということであろうか。他国を批判する前に自国の問題を考えろということであろうか。中国の異形を論じるときに、ちょっと待て、日本の異形はどうだと突きつけたのであるが、これでは議論にならない。議論にはドメイン(範囲)がある。中国と日本は関係があるが、中国の国柄に焦点を合わせているときに、日本に中国のことを偉そうに言う資格がないとか、必要ないというのはそれなりに意味のあることであるが、厳密には議論のスライドである。しかし、日本のものづくり文化が崩れているという指摘は非常に興味があり、素晴らしいコメントであると思う。そこで、この問題に関しては次のブログで論じることにする。
つづく