櫻井よしこ、異形の大国中国#2

櫻井よしこ、異形の大国中国#2
  一例はチベット侵略である。独立国のチベットを中国は軍事侵略で領有し、「平和解放」だと主張して現在に至る。南シナ海西沙諸島南沙諸島の島々は、ベトナムやフィリピンなどが何世紀にもわたって領有し活用してきたが、中国は突然、70年代から自国領だと主張し始め、両諸島を力尽くで奪い、実効支配中である。日本の領土の尖閣諸島東シナ海も、中国のものだといって譲らない。異形の大国・中国に、日本は強い覚悟で臨まなければならない。

   国際政治の専門家、田久保忠衛は、世界はいまや、米国を唯一の超大国とするパックス・アメリカーナの時代から、中国が席巻するパックス・シニカの時代に入りつつあると指摘する。偽りを得手とする異形の大国は、満を持して中華大帝国の再現へと歩を進めつつあるのだ。
   中国は、1971年10月に台湾の中華民国に替わって国連に席を得て以来、自国の領有する空間を陸に限定することなく、宇宙と海洋に向かって拡大してきた。彼らの拡大政策を支えるのは「戦略的境界」という考え方だ。国境線は固定化されているのではなく、軍事力、経済力、政治力、社会や文化の力、国民の意思の力などを合わせた国家の総合力によって変化するという考えだ。総合力が高まれば、戦略的境界は外へと膨らみ、中国の領有する陸も海も空も増えていく、反対の結果は、中国の領有する陸地、海洋、空間を狭めていくと彼らは考える。総合力の最重要の要は、軍事力である。
   中国が海軍力の増強と宇宙開発に努めてきたのは、まさにこうした考え方による。彼らは貧しかった時も、国家の総合力の礎としての軍事力増強路線を忽(ゆるがせ)にすることはなかった。国民が飢えに苦しもうが、中国全土に内戦の嵐が吹き荒れ幾千万の人命が失われようが、中国共産党は軍事力を増強し続けた。折しも08年3月4日、中国の国防予算が前年度比17.6%増となることが正式に発表された。1989年以来、二桁の伸び率が20年も続いているのである。
    2004年10月14日、ロシアのプーチン大統領が中国を訪問し、胡錦濤国家主席とともに、突然、中露国境問題は完全に解決したと発表した。両国間に残されていた最後の領有権問題未解決の島、大ダマンスキー島を共同利用とすることで、中露国境問題は解決されたのである。歴史上、両国は国境地帯で多くの紛争と虐殺を繰り返してきた。中国にとってのソ連(ロシア)は友好国でもあり得るが、敵対国ともなり得る国だ。両国の長い歴史は、むしろ、敵対勢力としてのソ連の凄まじい脅威を中国に身に沁みて認識された。60年代、ソ連は中国国境地帯に「100万の大軍」を配備し、核攻撃すると恫喝した。1970年、日本が大阪万博に熱狂した年、中国は戦略ミサイルの開発に成功し、戦略核兵器の開発に弾みをつけた、当時ソ連は、中国抑制の意図から、米国に共同で中国攻撃の可能性を打診したという。だが、米国はむしろソ連を最大の敵ととらえ、中ソ分断によって米国の優位を確立する戦略を考えていた。同戦略に沿って、ニクソン大統領がキッシンジャーを訪中させて水面下での米中接近に踏み切ったのは1971年である。したがって米国がソ連と組んで対中包囲網を形成することはなかったが、中国はソ連により核攻撃を現実の脅威として認識し、非常に恐れた。恐れゆえに、中国は米国及び日本への急速な接近を図ったといえる。中国が恐れるこの北方の脅威を04年の国境問題の「完全なる解決」が取り除いたのみならず、その後両国は、異形の大国として相互協力関係を築きつつある。
   たとえば両国は05年8月18日から8日間、陸海空三軍、参加人員はほぼ1万人の大規模軍事演習を行った。同演習は中国が強く働きかけて実現したが、日本周辺海域でこれほどの規模の合同軍事演習は戦後初めてだ。
  翌06年には、中露両国が主軸となって構成する上海協力機構が上海で首脳会議を開いた。彼らは「政治体制、価値観などの違いを口実とする他国からの内政干渉に反対する」と明記した共同宣言を採択した。名指しこそしていないが、明らかに米国に対する牽制である。米国と同一路線をとる日本への警告でもあろう。同会議に参加したのは中国、ロシアに加えて、カザフスタンキルギス、ウズバキスタン、タジキスタンの6加盟国だ。また、モンゴル、イラン、インド、パキスタンがオブザーバー国として、アフガニスタンがゲスト国として参加した。イランのアフマディネジャド大統領は他国、つまり米国の脅威に対する対抗軸として、上海協力機構を強化せよと訴えた。
   米国への対抗軸構築という点で、中露両国の利害は完全に一致したのだ。両国が上海協力機構を軸にユーラシア大陸諸国の結束を固め、協力体制の構築に踏み出したことを強烈に国際社会に知らしめたのである。
   こうした背後と足下を固めた中国は、いよいよ安心して何進し、台湾問題に取り組める状況にある。いまや台湾問題の焦点は、いつ、中国が台湾併合を実現させるかに移っている。中国は如何にして台湾を奪うのか、彼らは日本に対するのと同じく、台湾に対しても微笑外交に転じて今日に至る。1996年の総統選挙のとき、独立派の李登輝の当選を妨げようとして台湾海峡にミサイルを射ち込んだように、強行策を直前に打ち出した。軍事力で脅せば、台湾の有権者は中国の軍事介入を恐れて台湾独立に傾く李登輝を当選させることはないと見たのだ。だが、結果は反対に、李登輝の圧勝だった。中国共産党はその体験から学び、以降の総統選挙では平静を装ってきた。むしろ、台湾の対中投資や輸出に便宜を図り、優遇し、中台友好を印象づけた。

  中国の南下政策は台湾併合にとどまるわけではない。オーストラリアの真上まで勢力範囲を広げようとする中国にとって好都合なのは、07年12月に誕生したケビン・ラッド豪州労働党政権によって、オーストラリアが中国の手を煩わせることなく、自ら中国陣営に倒れ込みつつあることだ。ラッド氏は大学で中国語と中国史を学んだ。長女の夫は中国人、長男は上海の復旦大学に留学した。07年9月にシドニーを訪問した胡錦濤の前でラッドは中国語でスピーチをし、自分と家族が如何に中国と中国文化を愛しているかを「軽率」と評されるほど喜々として語ったことで知られている。ラッドもその家族も、顕著な親中派なのである。

   中国共産党政権の政略目標は、台湾を併合して、アジアの盟主となり、米国の介入を許さず、日本をも支配することだ。そこに到達するためなら、事実の捏造も歪曲も、開き直りも責任転嫁も、彼等は手段を選らばない。中国流伝統芸を二国間外交のみならず、国際社会全般において貫き通す力こそ、彼等の政治力である。それはまた、彼らの文化力、文明力といってもよいだろう。そのような中国共産党の対外政策は、中国国民の不満の捌け口となり、強い支持を集める。そこに強力な国民の意志力が形成される。中国共産党の政治の歪みは、中国の文化、文明を歪め、国民の考え方までをも歪めているのだ。そのように歪んだ彼らが、20年来築き上げてきた強大な軍事力を持っているのである。
   まさに異形の大国である。彼らは今、ロシアに接近し、中央アジア諸国を包含し、豪州を引きつけ、米国をも牽制しつつある。米国の優位は用意には崩れないとしても、米国が親中国路線に傾く可能性もある。
   パックス・シニカの時代に突入するかに見える21世紀、日本がなすべきことは明らかである。自らの力をつけるしかないのだ。日本が中国にも米国にも物言えないのは、安全保障を米国に頼り、ついでに外交の意向を忖度しながら後追いすることを、長年、続けてきたからだ。安全保障も外交も他国に大きく依存する国が、他国と対等に対峙し、まともなわたり合うことは出来ない。真の意味の独立国ではない国家は、どの国にも相手にされないのである。
  であれば、日本は真の意味の独立国にならなければならない。・・・まともな日本人になることだ。戦後の私たち日本人は、余りにも祖国日本についての知識や理解を欠いてきた。祖国の歴史や価値観に背を向ける教育のなかで、まともな日本人が育まれるはずがない。日本の歴史を学び、日本文明を育んだ価値観を識ったとき、初めて、私たちは日本人としての自覚を持つことが出来る。戦後、長きにわたって国家ではなかった日本に国家としての意識が生まれるとき、初めて、日本の再生が可能になる。再生を果たした日本の前にどんな問題が出来(しゆつたい)しようとも、日本と日本人は自らの力で問題を解決することが出来るのである。異形の大国の脅威にも、同盟国の方針転換にも動じる必要のない、賢く勁い国家になれるのである。だからこそ、今、日本人が日本人となり、日本国が国家となることが重要である。

<櫻井の熱き心が伝わってくる。ここまでで、大体、彼女の政治的考えは理解できた。中国脅威論が主な柱であるが、彼女がこの本を書いた08年と今09年2月とは微妙な変化が生じているように見える。アメリカの経済破綻に一番打撃を受けているのは中国であろう。知り合いのオーナートラックドライバーが言っていた。「近頃、サンピドロ港(ロサンジェルス)に中国からのコンテナが激減している」。木庵>
つづく