櫻井よしこ、異形の大国中国#1

櫻井よしこ、異形の大国中国#1
櫻井よしこ」というと、優しそうにみえて、厳しいことを言う人。以前、加藤何がしという親中国派の自民党有力議員に面と向かって鋭い言葉を投げかけ、加藤は何一つ反論できなかったYou Tubeの映像を見たことがある。野茂投手に、「まあ、こんなに大きな手をなさっているのですね」と、野茂の手を握り、野茂は照れて赤い顔になっていた。このような櫻井女史の印象がある。20年以上前だと思うが、日本に帰った時、ニュースキャスターの彼女の姿を観たように思うのだが、どのようなことを言っていたかまでの記憶がない。それに、一昨年日本に帰った時、彼女の講演を実際に聴いている。メモ一つなく、何年何月何日に誰だれがこう言ったのようなことを、水の流れる如く喋っていた。私などは、上記のように加藤の次が出てこないので、何がしにしてしまうほど、名前の記憶は全く駄目である。彼女きっと特別の訓練が出来ているのであろう。実は彼女の自伝的著書「何があっても大丈夫」(新潮社)も読んでいる。彼女の本というと、この本と、今回論じる「異形の大国中国」で2冊目になる。この本も友人から借りた本である。

著者:櫻井よしこ、著書:異形の大国中国、発行所:株式会社新潮社、発行2008年4月20日 

  まず本の内容に入る前に、Wikipediaで書かれている彼女に対するネガティブな箇所を引用する。Wikipediaの記事の信憑性に問題はあるが、一応参考程度にしてもらいたい。最初のネガティブなことを書くことによって、まず私の彼女への個人的な好みを排する意味もある。

「1997年、喘息患者の死亡はβ2刺激剤ベロテックの心臓への副作用が原因であり、これは薬害エイズ事件に続く薬害事件だと主張した(ベロテック問題)。彼女は文藝春秋1997年6月号に、「 喘息患者がつぎつぎに死んでゆく」と題した記事を掲載し同時に自らがキャスターを務める今日の出来事でも取り上げ、さらに、同誌9月特別号にて「NHKがごまかした『喘息薬害』」と続けて取り上げた。しかしその内容には、喘息医療現場への無知、喘息死の死因への誤解が含まれ、一部の喘息の専門家・患者団体から問題視された。」

「2005年3月号の『文藝春秋』に掲載された「ヨン様靖国─韓国新実力者に聞く」の中で、韓国の政治状況に関する小論を書いた際に、ペ・ヨンジュンを引き合いに出して、「あの優しげなヨン様も兵役を果たしていることを忘れてはならない」と述べた上で、韓国の徴兵制度を賛美・礼賛した(実際にはペ・ヨンジュンは視力が基準に満たず、兵役を免除されているため事実誤認)。」

私もこのような間違いはしょっちゅうする。誰かから聞いて、実際に調べることをせず、書いてしまうことがある。それほど多くの人が読まない私のブログでは、誰かが内緒で間違いを教えてくれ、修正する程度で終るが、彼女のような有名ジャーナリストでは許されない。極度の注意が必要であるが、どうしても思い違いが発生してしまう。ヨンさんの兵役免除の事実誤認程度ではまだ良い方だろうが、喘息医療現場への無知による発言は、彼女のジャーナリストとしての汚点としていつまでも記録されるであろう。恐らくこのことに対する反論もあるだろうが、一度押された烙印を消すことは至難の業である。ある意味の有名税だと思って諦めるしかないのかもしれない。彼女の師匠である田久保忠衛についてもWikipediaで調べてみた。

田久保忠衛日本の親米保守を代表する人物の一人であるが、反米保守や左翼などのスタンスから批判されることが多い。また、『正論』1997年6月号「沖縄一坪地主の虚構」で沖縄の反在日米軍派に過激派が入り込んでいると主張し、反基地色の強い地元紙『琉球新報』『沖縄タイムス』を批判した。しかし、同記事では中核派の機関紙を革マル派の機関紙と取り違えて引用し、革マル派に抗議され編集者がお詫びしており、粗雑な部分が見られる。」

「粗雑な部分が見られる」。一回のミスでも粗雑と書かれる。ジャーナリストたる者、もはや公人に等しい。神経を尖らせて、言論活動を行わなければいけない。

「異形の大国中国」であるが、これを書評として書くのは難しい。本書は「週刊新潮」連載の「日本ルネッサンス」に加筆しまとめたものであるので、一つ一つの小単元が独立し、完結している。一応年代順に書かれているが、その時々の時事問題に焦点が絞られ、本全体としての流れがはっきりしない。しかし、それぞれの記事から櫻井の歴史観、政治観、人間観を伺い知ることができる。それをもとに、細切れではあるが、木庵が感想を書いていく。いつものように木庵の感想は<   >枠の中に書く。


はじめに・・・異形の大国の脅威
<冒頭に早くも厳しい衝撃的な言葉がかかれている。木庵>

「隣に中国という国が存在することは、天が日本に与え給うた永遠の艱難である。1949年以来中国共産党が一党支配を続ける現代中国は、本書で詳しく論じるように、異形の国家である。この異形の大国とつき合いながら、その脅威をどう抑制していくかは、日本が如何に賢く、勁(つよ)くなっていくかいう課題と同義語なのだ。日本の対処のし方が21世紀の日本の運命を決定づけるのであり、同様の問題は、日本だけでなく、世界全体が直面するものである」

「中国という艱難を乗り越える第一歩は、日本にとっても世界にとっても、まず中国の真の姿を認識することから始まる。中国は一体どんな国なのか、この問いへの答えを、直近の毒入り餃子事件の展開から探ってみよう」

「結論から言えば、同事件は何よりもまず。日中両国の国柄の違いを際立たせた。中国人の涙や微笑、そして言葉が意味するものを極めて分かり易い形で日本国民に見せてくれた・・」
<事件のあらましについては割愛するが、櫻井は上手く中国の事情を説明している。日本人は中国人を我々と殆ど同じ顔であるので、きっと同じ心を持っている+と思っている。日本人とアメリカ人との発想の違いと、日本人と中国人の発想を比べると、前者のほうが近い関係であると思ったほうがよい。中国が異形であると認識するには相当勉強するか、実際に騙されてみないとわからないだろう。櫻井が書いているように、この事件に対して、中国当局の不誠実さが目立った。被害者である日本人に対して中国当局は「日本人犯行説を沸騰させる始末。このような見えすぎた主張は中国の常套手段である。私は驚かない。櫻井は書いている。木庵>

「被害者である日本側を犯人に仕立て上げるという狡猾な主張で乗り切れると判断した理由は、一体何か。『 産経新聞』中国総局長の伊藤正氏は、そこには『日本人の飽きっぽさ』があると分析する。確かに餃子事件の後、イージス艦『あたご』と漁船の衝突事故が起こった。ロス疑惑三浦和義氏もサイパンで身柄を拘束された。ワイドショーの関心はもはやそちらに移っているのである。この移り気と忘れっぱさこそが日本人の性格であり、日本の国柄だと見てとった彼らは、タカをくくる、開き直りの外交を選択した可能性が高い。・・・中国世論は毒要り餃子の犯人は日本人だとして盛り上がる。だが、中国人は騙されても、国際社会は騙されない。中国が輸出した毒要りペットフードで米国のペット多数が死んだのは記憶に新しい。・・・3月1日には、イタリアが輸入した中国製のステンレス鋼材から、人体に有害な放射性物質コバルト60が検出され、鋼材役30トンを押収したと、イタリア捜査当局が発表した・・・2002年のSARS(新型肺炎重症急性呼吸器症候群)発生のとき、中国政府はまず、中国での発生を徹底的に隠蔽し、他国に責任を転嫁した。05年春の反日暴動で、日本大使館には石とともに夥しい数のビンやペットボトルが投げられ、日本側は多大な損害を受けた。中国の官憲は日本大使館への抗議を見守るだけで阻止しなかった。国際法違反の暴力・破壊行動について、今日に至るまで中国政府の謝罪はない。どんなに明らかな証拠があって、彼らは決して認めないし謝らない。事実の歪曲は、中国共産党政権の性格そのもので、中国の歴史を貫く太い柱だ。」つづく