GHQ焚書図書開封(西尾幹二)#17

「機上から見下ろせば、南秦の海は白波を立てて、やや荒れ気味に見える。その海上に浮かんでゐるのは、わが輸送船團だ。海岸と、輸送船の間を往復してゐる舟艇が豆粒のやうに見える。わが陸の精鋭部隊の上陸地点だ。敵の不意を衝いて決行した上陸作戦は見事成功したらしく、既に上陸を終った友軍は縦隊をつくつて進撃してゐる(注:ここでは、コタバル北方、タイのシンゴラに上陸した第五師団の話である)。・・・編隊は、助攻方面であるコタバルへと機首を転じた・・・・コタバルの沖である。・・そのうちの一隻は火焔に包まれて燃えてゐるではないか、そしてその炎に覆われた船の甲板からは、盛んに高射砲を撃ってゐる。その高射砲弾の炸裂する空のあたりから、船團目がけて、執拗な反復爆撃を繰り返してゐる数台の敵重爆撃機!こいつだ!この敵機が、あの船に直撃弾叩きつけたのだ。幸ひ、上陸作戦は敢行された後と見えて、船上には、高射砲を射つてゐる兵の他は見えなかつたが、それは何と云ふ熾烈な戦闘精神であらう。海の藻屑となるまで、一機でも叩き落さないではやむものかと、沈み行く火の船と踏みとどまり、敵機目がけて、猛然と高射砲を射ちつづけてゐるのだ。野郎!これを見た友軍の戦闘機は、全速力を出して、敵機の側翼へと隼のやうに飛びかかつて行った。・・・コタバルの上陸地点は、誘導作戦と云はうか、犠牲作戦と云はうか、それは全く捨身決死の作戦であつた。・・・それだけに、コタバル上陸部隊の決意は壮烈そのものだつた。月夜の夜だつた。果して、敵空軍は全力を挙げて襲撃して來た。虱潰しに船團に向つて叩き落す爆弾と機銃弾の雨だつた。」
「・・・私はコタバルに於ける地上の戦闘が如何に壮烈であつたか、それ以上知ることが出來なかつたが、シンガポール総攻撃の始まる数日前のこと護謨(ゴム)林の中の静かな幕舎で、このコタバルの戦闘で敵飛行場占領の一番乗りをしたOO隊のM少尉にその日の戦闘の模様をくはしく聞くことが出來た。」
「・・・いよいよ上陸である。積載された舟艇(しゅうてい)は一斉に下ろされた。・・・第一回の上陸部隊は粛々と月下の海を渡つて無事陸岸にと着いたのであつた。その時の静寂を破つてドンと一発砲声が聞こえて來た。感づかれたかと思ふ間もなく、海岸に点在してゐるトーチカから、矢継ぎ早やに迫撃砲と野砲が射ち出されて來た。海岸にトーチカがつくられている。・・・敵機は船團の防空火力が弱いと見たか、いよいよ低空に舞ひ下り、ますます正確な直撃弾を落しはじめた。遂に一弾がOO丸に命中した一瞬、パツと火を吹いた。燃料に火が点いたのだ。・・・M少尉の一隊は幸ひに陸岸に辿り着くことが出來た。・・・これより一足先に上陸した部隊が、このトーチカに肉弾突撃を試みたが、失敗に終つた。M少尉はトーチカの前面を一気に走り抜けようと決心した。そこに伏せてゐる部下に、さあ行かう、こんなところに伏せてゐても駄目だ!と怒鳴つて見たが返事がない。どうしたのだ、と肩へ手をやつて引き起して見ると、既にこと切れてゐる、・・・戦友の屍を踏み超えて走り出すと、頑丈な鉄条網がトーチカの間に張り巡らせてゐるのに気がついた。・・・然もそのあたりには無数の地雷が埋められてあるのに違ひない。・・・そこでトーチカの攻撃は繰り返された。然し誰も隊長の下に帰つて来ない、時間は刻々と経つて行く。この時四名の兵士が、私たちをトーチカ攻撃にやつて下さい、と申し出た。・・・どうやらトーチカの正面に近づいたらしい。と、どうしたことだらう。二つともの砲口の火が止んでしまつたのだ。この時だとばかり部隊は弾幕の間隙を縫つて、脱兎の如く飛鳥の如く後方の椰子林に突入して行つた。トーチカの裏へ出られたのだ。椰子の密林は兵たちを覆つてゐる。部隊は遂に突入出來た。が、あの四名の兵はどうしたのであろう。隊長は部下の身を案じて覗